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学校から帰って寮で夕食食べてたら、ちょうど食堂のテレビで甲子園をやってた。

「あぁ、もうそんな季節か…」

と、まったく季節感のない生活を送ってるざわわに、ふいに夏のお知らせが来た。

高校ぐらいのときは、夏休みは午前中ずっと甲子園見てたっけ。
甲子園中継の時間泥棒っぷりは異常。
あれって気がついたら14時とかになってるんだよなー。

ところで、食堂で見た場面は、ちょうど帝京高校がサヨナラタイムリーを決めたところだった。
ものすごい偶然。
あれはいたたまれなくなるなー、と思いながらご飯食べてました。

本題。

野球ほど理不尽なスポーツはないんじゃなかろうか?(メジャーなスポーツの中で)
極端な例を挙げれば、9回表まで全員で一生懸命攻撃して守備をして、3点のリードを奪ったとしよう。
しかし、9回裏、自軍のピッチャーが3回フォアボールを出して、4人目の打者にホームランを打たれたら負けてしまうのだ、野球というスポーツは。
これを理不尽として何と呼ぼう?

これが、例えばサッカーだとそうはいかない。
点を取られるにしても、フォワードは一応自陣に戻って守備につくこともできるから、すべてゴールキーパーのせいとは言えないでしょう。バスケやバレーもそう。
これらスポーツはパスができるんだから、敗北のリスクを自己の責任で回避できるんですよ。すなわち、失敗しそうなやつにはパスせずに自分で攻めたり他の人にパスしたりできるんですよ。
仮に仲間が失敗して敗北しても、一応パスその他の行為で自分が結果を支配した可能性があるわけで、そうなると自分に帰責されても仕方がないと言えそう。

何が言いたいかというと、自分の支配可能性のない部分で勝敗が決まってしまうことが多々あるということだ。
結局、どんなに頑張ってもピッチャーがヘマやらかすとすべてパーになってしまうという恐ろしいスポーツなんですよ。

こういうこと平然と書くあたり、自分はまったく協調性がないなーとは思いますけどね。
人の足を引っ張るのは嫌だけど、人に足引っ張られるのはもっと嫌だ。
自分を的確に表している文章だと思われます。
リスクとベネフィットはすべて自己の行動から生じるべきという信念によっております。
もっというと自己責任。

これに関連する過去の出来事を1つ。
前置きしとくべきは、当時はこんなこと考えたこともなかったということ。これに留意してください。


中学校3年生のとき、卓球で中国大会に出場しました(個人、団体ともに)。
団体戦は一応決勝トーナメントまで残ってベスト8入り。
あと1つ勝てば全国大会というところでした。
で、肝心の全国大会を決める試合で、自分の中学校は負けてしまいました。
そのときはかなり泣きましたけどね、試合会場で。

ま、それはいいんですけど、中学校の団体戦は4シングル1ダブルスで、このうち3勝した方が勝ちなんですよ。
で、自分は勝ったんですよね、一応。
あとはキャプテンが勝ったんですけど、他が負けて2勝3敗で団体戦敗北…

上にも書いたとおり、当時はただ悔しかっただけでしたけど、今考えれば理不尽の極みですよ。
だって、自分勝ってるんですよ。
なのに負けるって…

こうやって書くと、こいつ性格歪みあげてるなーって思われると思います。
まぁそのとおりだと思うんですけど、別に「自分が勝ったのに他のメンバーは何をやってるんだ、けしからん」という意味ではなく、要するに勝者が敗北するというこのシステム自体が理不尽だ、ということです。

殺人者の子どもが学校でいじめられることを想起してください。
理不尽でしょ?
自己責任の原則から言うと、自分の親のことで不当な扱いを受けるいわれは何もないはずなのに。
それと一緒な気がする。






この例は、ざわわが如何にゆがんでるかを如実に表すいい例だと思います。

「自己の行動から生じるすべてのことに対して責任を負う代わりに、その行動から生じたすべての利益は自己に帰属する」

すべての事柄がこうあってほしいと常に思いますが、うーん、なかなかそうはなってないのが自分にはつらいです。


みなさんも、団体から生じる責任について、少し考えてみてはいかがでしょうか?

今日はこの辺で
オヤスミ
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2009.08.19 / Top↑
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