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Second Lifeをご存知だろうか?
最近ワイドショーなどで話題のゲームである。
自分のアバターを作り、それを動かしてゲーム内の世界で様々なことができる仕組みだ。
ゲーム内のお金を換金できるということもあり、欧米などでかなり人気のあるゲームである。

さて、以前Second Lifeに関するニュース記事にこんなことが書いてあった。

「Second Lifeにある店(?)は大半がアダルト関連かギャンブル関連である」

自分で店を出すことも出来る仕組みらしいが、その大半はエロかカジノらしい。
ここでは人間の本性をまざまざと見ることが出来る。
すなわち、人間はほっとくとエロか金に走る、と。

性善説と性悪説がある。
あなたはどちらを信じるだろうか?
僕は断然性悪説を信じる。
千の言葉で理想を語り、愛を語り、友情を語ろうとも、やはり人間薄皮を一皮むけば誰もが醜い存在である事は、先に挙げたSecond Lifeの例を見ても顕著だろう。
いくら装いをもっともらしくし、体のいい言葉で身を繕おうとも、中身は真っ黒だ。
その外見に寄せた信頼は、やがて裏切りにより崩れていく。

時雨沢恵一はこう言った。

The world is not beautiful.
Therefore, it is.

世界は美しくなんかない。
それ故に美しい。
(訳はうろ覚え)

果たして自分はこの世界を美しいと思える日が来るのだろうか?

人はなぜ人を信じるのだろうか?
始まりがあれば終わりがあるのと同じように、信頼があれば必ず裏切りの日がやってくる。
そして裏切られた心の傷を癒すために、また人は人を信じる。
因果なものだ。
このような螺旋を突き崩すためには何が必要なのだろうか?
この世から旅立つことか?
答えは否だろう。
生きている限り、この因果からは逃れられないような気がする。
そして、この答えを探し、苦労し、そして短い人の命は燃え尽きていくのだろう。
何万年と続いていく。

「終わり」は必ずやってくる。
始まりがあるからだ。
始まりから終わりまでの過程で、人は何を得られるのだろうか?
少なくとも、「終わり」の時点で手に残っているのは絶望である。
そしてこの絶望は、人を狂気へと導く。

贖いの日は必ずやって来る。
自分の強く信ずる等価交換に従い、悪には必ず制裁が下される。
その日が来るまで、この汚い人間のみを持った我は何をすべきなのだろうか?

「終わり」は必ずやってくる。








ここ最近のモー娘。の件で、「モーヲタざまぁwww」と思ってた俺です。
いざわが身に降りかかると、それはそれで悲しいことに気づいた。
因果なものです。

「終わり」は必ずやってくるのなら、もしかしたら今回の件はすべてを終わらせるきっかけをくれたのかもしれない。
どうせ数年後には終わっていたのだ、今終わってもそう大差ないのかもしれない、後から見れば。

悲しいが、前を向かなければならない。鳴海歩のごとく。

今日はこの辺で
追記で日記書きます
☆GOODNIGHT☆(;д;)ノ~▽''。・゜゜・
今日の日記。

今日は眠かったので学校サボる。

あ、適性試験の受験票届きました↓

日弁連適性試験受験票


とりあえず受験票の心配はしなくて済みそうです。

今日はこの辺で
☆GOODNIGHT☆(;д;)ノ~▽''。・゜゜・
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2007.06.01 / Top↑
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