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まずは緊急のお願いから。
木曜日の4限に生命科学と法のテストがあります。
試験問題が事前に示されているんですが、さまざまな意見を取り入れたいので、お暇な方もそうでない方もご意見頂戴したいと思います。

問題
その昔、ダウン症(21トリソミー)の子供は、生命に関わるような合併症が見つかっても、医療側の判断で手術してもらえないことがあったそうです。今では状況が変わり(注1)、手術は普通になされますが、むしろ逆に、ダウン症の子供の手術を時に拒否する家族への対応に医療現場が苦慮する場面があるくらいです。
さて、あるNICUのスタッフ(医師)が、次のようにつぶやきました。生まれた赤ちゃんが18トリソミーと分かったとき、「18トリソミーだからCクラスだよね」と。何でと聞いたら、「だってガイドライン(注2)にそう書いてあるから」という答えでした。要するに、治療を差し控えたり中止したりするということです。このように、疾病名だけを手がかりに治療方針を決定する医師の態度、ガイドラインにそう書いてあるからという医療者の思考停止という姿勢は気になりますが、もしこのスタッフから、「こういう場合、法律的あるいは生命倫理の観点からはどう考えたらいいの?」と質問を受けたら、どのような助言をするべきでしょうか。

論点
①重篤な疾患を抱えた赤ちゃんの治療方針は誰のどのようなプロセスで決めるべきか
②その判断の際の原則・考慮すべき事柄は何か(患者のことだけを考えればいいのか、あるいは家族の負担、医療資源の効率的利用?)
③医師の裁量の範囲
④小児の場合の親権者の決定権限の範囲又は限界
⑤最後の決定と言う重荷を家族に課さないためには医療者が最終決定を行うべきだという意見があるかどうか
⑥医療スタッフが全員で合意するべきで、1人でも治療継続を主張する場合はやめてはならないべきかどうか(あるいは1年目の新人看護師にまでは意見を聞かず、医師だけで決めるべきだという意見もある)
⑦中止できる処置はどこまでか(クラスBとクラスCの差)
⑧子供の「最善の利益」とは何か
など

注1:
18トリソミーは、従来致命的な先天異常の疾患の一つであるとされており、教科書にも延命のための襲来的治療はすべて中止すべきであるとされてきた。
現在では合併症の症状と適切な治療介入によって長期に生存し、着実な成長発達を遂げ、在宅生活ができることも少なくないと分かってきた。
教科書の表現も、個々の事例によって判断すべき、とされた。

注2:
東京女子医大ガイドラインのこと。次のような区分が提唱されている。

クラスA:あらゆる治療を行う
クラスB:一定限度以上の治療は行わない(心臓手術や血液透析など)
クラスC:現在行っている以上の治療は行わず一般的養護のみが行われる(保温、栄養、清拭および愛情)
クラスD:すべての治療を中止する(消極的安楽死)
(クラスE:死期を早める操作を行う(積極的安楽死))

以前メールでお願いした方には是非ご回答願いたいです。忙しいとは思いますが…
他の方も是非気軽に。
感情論でかまいません。感想でもいいです。

とまぁお願いしてみたものの、お願いする立場のものが何も提示しないっていうのもおかしな話ですよね…
というわけで、ざわわの意見を。
ざわわの意見にとらわれず、むしろ批判的なコメントお待ちしております<(_ _)>

疾患を持った子供は、一定の例外(後述)を除き、原則治療行為が行われるべきである。
例外とは、a.致命的な疾患であることが明白であり、b.相当の強度の苦痛が伴うことが科学的に明白であること、c.そしてその苦痛をすべての治療行為(麻酔など)によっても取り除くことができないこと、d.その苦痛が子供にとって耐え難いものであることが明白であること、である場合である。

致命的な疾患にかかっていることだけを理由に、治療行為が中止されるべきではない。成人の場合、人生を通じてさまざまな経験をしており、それをすべて考慮して、自分の死期を決すること(尊厳死、安楽死)には法的保護が与えられるだろう。しかし、本問の場合は赤ちゃんであり、自分の経験を考慮して、合理的に自分の死期を決定するということが期待できない。そもそも、成年の場合でも、尊厳死や安楽死は例外的事由であり、原則として疾患したものは治療を受けるのだから、赤ちゃんの場合でも原則治療がなされるべきであり、安易に治療行為の中止がなされるべきではない。そこで、上記のような例外の基準を立てて、苦痛という観点から、赤ちゃんに苦痛が伴うことが明白であるときに限って、初めて治療行為の中止が行われるべきである。ガイドラインに患者の伴う苦痛が考慮されてレベル分けされているかは分からないが、少なくとも上記基準に当てはまっている場合はガイドラインで言うところのクラスD・Eが適用されるべきであり、クラスA~クラスCのような細かい対応は必要ない。

また、母体保護法との整合性の観点からも、治療行為の安易な中止は控えるべきである。
母体保護法によって、妊娠22週以前の胎児は親の都合(経済的負担、身体的負担、レイプなどの特段の事情)によって排除される危険性を持っている。しかし、それを乗り越えた胎児は生命の萌芽として法的保護がなされるべきはずなのに、病気が致死的であるという理由だけでまた排除の危険を伴うというのは、母体保護法の趣旨に反するのではないだろうか。
やはり、安易な治療行為の中止はなされるべきではない。

以上のような見解(苦痛を伴うという例外的な場合を除き、原則治療行為をするべき)に立った上で、論点を考察する。

論点①であるが、治療は原則行われ、例外を考慮するだけであるから、治療方針は意思が決定すべきである。

論点②であるが、考慮すべき事柄は患者の症状のみであるべきだ。
治療には大抵重い経済的負担が伴い、家族の負担が重い場合も治療行為を中止すべきようにも思える。しかし、親の経済的な事情により治療行為が行われるかどうかが変わってしまうことは、法が金持ちかどうかによって命が救われるかどうかを決めてしまうことになりかねない。
経済的負担が重い場合は、むしろ保険制度の充実や補助金の至急などにより対応するのが論理である。よって、家族の負担は考慮に入れるべきでない。
また、医療資源の効率的利用の観点であるが、たしかに重要なものではあるが、医療資源の効率的利用のために命が救われないというのでは本末転倒である。よって、これも考慮すべきではない。

論点③であるが、医師は科学的合理的見地から治療行為を行うかどうかを判断すべきである。

論点④であるが、自分の立てた基準を満たす場合にのみ、治療行為の中止などを決定することができる。

論点⑤であるが、治療行為の中止を決定するのはあくまで親権者であるというべきである。医師は決定のための情報を与えていく役割を果たすべきである。

論点⑥であるが、治療を継続するかどうかは科学的に決定されるのであるから、原則医療スタッフの意見が分かれることはないはずであるが、科学的にも判断が分かれるような微妙なケースの場合に、医療スタッフの意見が割れた場合は、慎重を期す意味で、治療は継続されるべきである。

論点⑦であるが、これは上で述べた(例外に当たるときのみ)。

論点⑧であるが、子供の「最善の利益」とは例外に当たらない限り原則治療を受けることである。

以上。

こんな感じです。
読んでくれる人いるのかな?
ご意見待ってます<(_ _)>
ちなみに12時ぐらいまでにコメントしてくれるとしてくれるとテストに間に合います(身勝手)。

日記は続きに
ノシ
やっと今日の日記。

今日は7時ごろ起床。
友達を起こして、昨日のweb履歴書の写真を撮るためにスーツに着替えさせて写真撮影。
朝ごはんを食べて、駅までお見送り。

帰ってからトリスタ。
頑張ってレベル24まで上げた。
なんかイベント中なのか?
ココア粉末をメガロポリスで一つ3万円で出した。即売れた。
他のところは18万円で売ってたからなぁ…転売するのかな?
ま、ざわわは金がもらえたのでいいですが…

そんな感じの一日
ノシ
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2007.02.07 / Top↑
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