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これから書くことは、いつもながらしょーもない話です。

だがしかし!
「まーたざわわがくだらない話してるよ」
と言って考えることをやめてしまうあなた!
あなたの知性は死んでいると言えるでしょう。

ここは一度、ざわわと一緒に馬鹿になって考えてみてください。
そんなに難しい話ではない…いや、簡単な話をややこしく考えるだけですから!

それでは、スタート!








昔、ざわわが小学生ぐらいのときだったかな、家族で旅行に行くことになったとかそういう理由で、父親が貯金してた貯金箱(割とでっかいやつで「500円玉で○○万円たまる貯金箱」みたいなやつ)を開けることになったんです。
んで、父親が、「電卓を使わず中に入ってる金額を計算してみろ」って言うんです。ちょっとした親子のコミュニケーションですね。
開けた貯金箱の中には結構な枚数の硬貨が入っておりました。500円玉だけじゃなかったけど。


で、ざわわはまず一番大きい単位である500円玉がいくらあるかを数えようとしました。
①ざわわは、500円玉硬貨を2枚ずつ重ねたものを作っていって、その山の数を数える方法で金額を計算しようとしました。

ところが、それを見ていた父親がざわわに対して怒るんです。
「いやお前、それじゃあ良くないよ。②こうやって500円玉硬貨を10枚ずつ集めた山を作っていけばいいじゃないか」
と。

で、これを見ていた母親の茶々が入りました。
「ざわわの好きにやらせればいいじゃない」
と。

結局、ざわわは①の方法で計算して、無事金額を数えることが出来ました。
めでたしめでたし








いや、めでたいのか?

仮に、①の方法をざわわ方式、②の方法を父親方式とします。
母親は好きにやればいいと言いましたが、この趣旨は、「どっちでやっても最終的に同じ答えになるんだから子供の好きなほうでやらせればいいじゃない」というものでした。
しかし、この2つの方式に優劣をつけるとすれば、どちらが優れた方法といえるでしょうか。
なお、500円玉硬貨の金額だけを数えればいいとし、また、電卓は使ってはいけないものとします。







あー、えー、くだらない質問ってことは分かってるんですけど、こういうことをまじめに考えることが出来てこそ、難しい問題に取り組めるはずです。
それなりに論理的に考えてみましょう。






<ざわわの見解>

1.結論

ざわわ方式の方が優れている。




2.理由

仮に43枚の500円玉硬貨があったとしましょう。

この場合、ざわわ方式では、500円玉2枚の山(1000円分)が21個出来て、1枚あまることになります。
一方、父親方式だと、500円玉10枚の山が4つできて、3枚あまることになります。

前者の計算式では、1000円×21個+500円=21500円
後者の計算式では、5000円×4個+500円×3枚=21500円

もちろん答えは一緒ですよね?

え、答えが一緒だから優劣なぞ存在しない?
いやいや、違うんじゃないかな?

ざわわ方式の掛け算は1000の段=1の段を使って計算されることになります。1の段の答えは簡単に出せますよね、掛ける数字がそのまんま答え。小学校2年生でも知ってます。
一方、父親方式だとどうでしょうか?
5000の段=5の段を使うことになりますよね。

だとすると、ざわわ方式の方が優れているということになるんじゃないでしょうか。
え、1の段も5の段も変わらない?
それを言っちゃあおしまいです。結論に至るまでの些細な労力の違いを見出そうとするところがこの問題の狙いです。

両者の違いはどこに起因するのでしょうか?
ざわわ方式では1000円の束を作ろうとしました。1000円は10の倍数であり、1000円の数を数えることは10進法的発想だと言えます。
一方、父親方式の方も、500円玉10枚の山を作ろうとしており、やはり10進法的発想です。
しかし、最終的に求めるべき答えは500円玉硬貨の「合計金額」であって、「総枚数」ではありません。
ここに違いがあると思われます。

ざわわ方式だと、まず500円玉硬貨を2枚集めることで1000円という、金額についての10の倍数を作り出しました。
なので、最終的な計算式では1000円が掛けられる数字になります。掛け算のどちらかの数字が10の倍数ならば、答えを出すのは極めて簡単です(基本的に1の段なので)。
一方、父親方式では、500円玉を10枚集めたところで、「金額について」は10の段=1の段になりません。なぜなら、5000円という5の倍数が掛けられる数字になるからです。

両者は同じく10進法をその発想の根底に持ちますが、「枚数」を10進法で集めてみても、「金額」については10の倍数にならない、という点で違いがあります。
仮に、設問が、「500円玉硬貨の枚数を数える方法として優れた方式はどちらか」というのであれば、問答無用で父親方式でしょう。これに異論がある人はいないんじゃないでしょうか?
硬貨の枚数を数えるのに2のグループを作り出すのはあまり自然じゃないですからね。


以上が一応の結論です。

多少父親方式のフォローをするとすれば、500円玉硬貨の枚数を知ることができればすぐに合計金額を知ることができる人向けの方法と言えるのではないでしょうか?
すなわち、500×43=21500という計算を途中式なしに出せる人(要するに普通の暗算能力を持った大人)ならば、父親方式は優れた方法といえるでしょう。
なぜなら、上でも述べたとおり、総枚数を数える方法としてはざわわ方式より優れているからです。

ただ、父親としては、「10枚」という10進法が強く念頭にあったんでしょうね。
なので、「2枚」ずつ数えるざわわ方式に強い違和感を感じたんだと思います。それがざわわへの指摘、という形になって表れたんでしょう。
ただ、上にも書いたとおり、ざわわ方式も金額については1000円という10の倍数を作り出しているわけで、やっぱりこっちも10進法なのです。だから、特別不自然な方法ってわけじゃないんですけど。








他に考えうるところがあれば以下のとおりじゃないでしょうか?

・父親方式だと数え間違いをしにくい。10という、2と比較して大きな数字を、山を作るために用いるため、山の数が少なくて済むという点があります。上の例でいけば4つで済む(残りは500円玉3枚)。
一方、ざわわ方式だと山の数が増えるため、山の数の数え間違いがある。上の例でいくと、21個も山ができてしまうため、数え間違うかもしれない。

・これに関連して、父親方式はざわわ方式に比べて省スペースで済む。山が4つで澄むので。

・父親方式だと、山を組めない端数と、山との合算が面倒。上の例では、山は偶数なので、20000円+1500円で単純だけれども、山が奇数個だと話は違ってくる。例えば、500円玉が37枚ある場合を考えてみると、山が3つに端数が7枚になるので、5000円×3個+500円×7枚=15000円+3500円となり、1000の位同士の足し算が絡んでくるため、暗算だと間違う危険性がある。
一方、ざわわ方式だと、山と端数の合算は、常に500か若しくは0であり、1000の位同士・100の位同士での計算はなく、暗算で間違えない。





これらは些細な違いですけど。








まとめ。

真の問題は、計算の優劣云々ではなく、どうでもよさげな問題について、如何に掘り下げて物事を考察できるかどうかである(はず)。
もちろん、上で書いたことが十分な考察とは決して言えない。
別に「コメント欄であなたの考えを教えてねー」なんてケチなことは言わないから、トイレに入ったとき、お風呂に入ってるとき、移動中、その他諸々のちょっとした時間に思い出して、思考の海に飛び込んでみてはいかがでしょうか?




今日はこの辺で
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2011.07.11 / Top↑
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