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ニュースサイトより。

引用元→http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110122dde001040009000c.html

以下引用↓


性犯罪:前歴者にGPS 宮城知事、条例制定を検討
 宮城県の村井嘉浩知事は22日、強姦(ごうかん)など性犯罪で服役後出所した県内在住者にGPS(全地球測位システム)を携帯させ、県警が常時監視できる条例制定を検討する方針を固めた。必要に応じてDNAも提出させる。法でなく県条例では、前歴者が県外に移動すれば効力が及ばず、常時監視は基本的人権の制限にもつながることから波紋を広げそうだ。

 村井知事は性犯罪対策を話し合う同日午後の有識者懇談会で試案を示し意見を求める。

 試案によると、女性や13歳未満の子供への強姦、強姦致死傷などの罪・未遂罪で有罪となり、刑務所を出た県内居住者が監視対象となる。再犯リスクが高いと判断されるとGPSを携帯させられ、県警が常時監視する。ただ、前歴者らが県外に出ると条例は適用されない。一方、ドメスティックバイオレンス(DV)防止法に基づき、裁判所から被害者への接近禁止の保護命令を受けたDV加害者にGPS携帯を義務づけることも検討する。

 DNA提出の必要性は県警本部長が判断し知事が決定する。DNAは県警で保存・管理され、県内の性犯罪の容疑者特定に活用するという。

 条例化検討の背景には性犯罪の高い再犯率がある。10年版の犯罪白書によると、強姦の犯罪者が再び強制わいせつを含む性犯罪を繰り返す再犯率は15・6%で「かなり深刻」という。県幹部は「条例化への批判は覚悟のうえで取り組む。性犯罪の撲滅には必要な措置だ」としている。

 現行の性犯罪再犯防止策としては、13歳未満の子供が被害者となった場合、前歴者の出所後に、法務省が警察庁に帰住予定地や出所予定日、服役罪名などの情報を提供する制度がある。宮城県は性犯罪対策として、個人が児童ポルノの画像や動画などを趣味で持つ「単純所持」を禁止する条例制定も検討している。







え?
え?
え?

こんなことしていいの?


平成16年の旧司法試験憲法第1問を思い出したよ…

 13歳未満の子供の親権者が請求した場合には,国は,子供に対する一定の性的犯罪を常習的に犯して有罪判決が確定した者で,請求者の居住する市町村内に住むものの氏名,住所及び顔写真を,請求者に開示しなければならないという趣旨の法律が制定されたとする。この法律に含まれる憲法上の問題点を論ぜよ。


っていう問題なんですけど、これとちょっと関連する。

この問題だと、氏名、住所、顔写真を特定の請求者に開示するというシステムだが、宮城県の条例だと警察がGPS携帯で位置情報(場合によってはDNAも)を把握するみたいですね。

これは…アウトだろ…

具体的な条例を読まないと何ともいえないけど、パッと見だけで、

性犯罪で服役後出所した者の
①居住移転の自由(憲法22条1項)
②プライバシーの権利(憲法13条)

そして
③性犯罪で服役後出所した者と他の犯罪で服役後出所した者との差別(憲法14条1項)


が問題になりそうなんだけど。

学生の目で見ても問題大有りの条例。ただ、条例の内容を考える人も馬鹿じゃないから、何らかの形で憲法問題を解消する努力はしてきそうだから、実際のを見ないと何とも言えないかな。
でもこのままだとかなりアウト臭い。







およそ物事の正当性を考える上で、非常に有効な考え方があります。
それは、

必要性と相当性(許容性)

です。

必要性っていうのは、「○○をやる必要が高い」とか「○○をすべき」とかの次元での議論です。
本件で言えば、「性犯罪者の再犯率が高いから、こいつらを監視する必要が高い」とか、「DNAの提出を求めて間接的に性犯罪者の再犯を防止すべき」とかが必要性の要素となります。



しかし。
ほとんどの人間はここで議論がストップします。
性犯罪者の再犯率の高さだけに着目して、規制の必要があるかどうかの次元に終始してしまうのです。

これは非常に悲しい。



だから、相当性(許容性)の観点から「も」議論が出来る人間になりましょう。
相当性というのは、「○○をやってもよい」という次元の議論です。
例えば、本件で言えば、例えば、「GPSで位置情報は把握するけど、警察内部だけで使うし一般に公開しないからやってもよい」みたいな(実際にそういう条例になるかどうかは知らないですが)。
…苦しいですよね。
実際、再犯率が15.6%で高いって書いてありますけど、どうなんでしょうか?
この数字について自分は詳しくないですが、仮に100人中15人くらいがまた性犯罪を犯すという数字ならば、残りに85人は性犯罪を犯さないわけですよね?
とすれば、この人たちの位置情報を把握しなくてもよいわけです。
15人の再犯者のために85人の人権を侵害していいのか?
ダメですよね。
とすれば、相当性を欠くわけです。

この記事によれば、再犯リスクが高いと判断されればGPS携帯を持たされるようなので、結局のところこの運用の仕方にかかっているのだと思われます。
自分は警察関係者じゃないので分かりませんが、プロの目から見れば再犯リスクが高いのかどうか見抜けるのかもしれませんね。
でも、普通の人は服役中はいい子にしてるだろうから、どいつもこいつも反省してるように見えるんじゃないかなー。
だとすると、原則GPS携帯所持という規定もしくは運用がなされる可能性が高いと思われるので、相当性を欠くのではないでしょうか?




ここで注意してもらいたいのは、相当性を認識しているからといって直ちに正当性を獲得するわけではないということです。
あくまで「必要性」と「相当性」の2つで1セット。こいつらは車輪の両輪のようなもので、どちらか一方が欠けてもダメなのです。

そして、両者は相関関係にある、ということ。
必要性がすごーーーーく高いのであれば、相当性は緩やかに解釈してよいでしょう。
再犯率がすごく高いのであれば、多少の人権侵害には目をつぶらざるを得ない場合があるのです(もちろん限界はある)。
一方、相当性が強く要求される場面、すなわち権利侵害が重篤だとか、広範な範囲で規制するとか、そういう場合であれば、必要性も強度のものが要求されます。
死刑を思い返してみてください。スーパーでお菓子1個を万引きしたからって死刑にはなりません。命を奪うというもっとも極端な刑は、死刑を科す必要が高い場合、すなわち重大な犯罪の場合にのみ下されるのです。



必要性と相当性というのは、法律に限った議論ではありません。
広く、ある意見の正当性を知りたい場合や、自分の意見の正当性を強めたい場合に使える考え方だと思います。
端的に言えば、「やらなきゃダメだし、やってもいい」ということですね。






(自分も含め)皆さんも必要性と相当性を複眼的に考慮できる人間になりましょう!



今日はこの辺で
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2011.01.25 / Top↑
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